報徳二宮神社

報徳二宮神社 三の鳥居と御社殿
 

あの小学校の銅像で有名な二宮金次郎さんの神社

明治27年(1894年)4月、二宮尊徳の教えを慕う当時の6カ国の報徳社(伊勢、三河、遠江、駿河、甲斐、相模)の総意により、御祭神として、生誕地である小田原の小田原城二の丸小峰曲輪の一角に神社が創建されました。

報徳二宮神社 三の鳥居と御社殿
報徳二宮神社 三の鳥居と御社殿

明治42年(1909年)に本殿・幣殿を新築、拝殿を改築し、神宛を拡張し現在の社地の景観が整えられています。

平成6年(1994年)には、創建百年記念奉告祭が執り行われました 。

報徳二宮神社 一の鳥居
報徳二宮神社 一の鳥居

平成27年(2015年)報徳二宮神社例大祭では、城址口鳥居が竣工。
伊勢の神宮より、第62回神宮式年遷宮での古材を拝領して、こちらの鳥居が建立されたそうです。

報徳二宮神社 城址口の鳥居
報徳二宮神社 城址口の鳥居

また、報徳二宮神社は、学問の神様として、合格祈願に多くの受験生がお参りすることでも有名です。
(うちの長男も高校・大学受験の際に、お世話になりました)

報徳二宮神社の二宮金次郎像
報徳二宮神社の二宮金次郎像

報徳二宮神社は、小田原城のすぐ隣なので、小田原城址公園 ⇒ 小田原城 ⇒ 報徳二宮神社の観光コースをおすすめします。

二宮金次郎武士の位を授けられてからは二宮尊徳)

天明7年(1787年)、相模国栢山村(今の小田原市栢山)の豊かな農家に生まれましたが、再三にわたる酒匂川の氾濫で田畑を流され、家は没落し、過労により両親は亡くなり、兄弟はばらばらに親戚の家に預けられました。

金次郎は 、朝暗いうちから夜遅くまで汗と泥にまみれて一生懸命働き、その間余裕ができればわずかな時間も無駄にせず勉強をして、先人の教えを理解しようとしました。(その素晴らしい教えが、あの有名な銅像に込められています)

自然の恵みと人の力の素晴らしさを知ると共に、小さな努力の積み重ねが大切(積小為大)だと学び、一生懸命努力して24歳までに一家を再興。

そして、小田原藩家老服部家の財政再建をはじめ、藩主大久保忠真候の依頼により分家宇津家の桜町領を復興させ、自分の体験をもとにして、大名旗本等の財政再建や600余りの農村復興など多くの素晴らしい成果をあげました。

報徳二宮神社の二宮尊徳翁像
報徳二宮神社の二宮尊徳翁像

社地の中には、二宮尊徳に因んだ現代風のおしゃれな「きんじろうカフェ」 があります。
本格イタリアンコーヒーや江戸時代に二宮金治郎が食べていた食事の「呉汁」など頂けます。

神社の中でのコーヒータイムは、不思議なくらい心が落ち着きます。
この特別な場所で飲むコーヒーは、おすすめです。

こちらへのアクセス

<電車の方>
JR小田原駅東口より、徒歩15分

<自動車の方>
報徳二宮神社には、有料駐車場がありますが、桜や藤の時期、七五三祝いの時期は、周辺の駐車場も含めて、非常に混雑するので、ご注意下さい。

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